「うわあああああああっ!!」
森の奥から響いた悲鳴は、
ただの驚きじゃない。
“本気の命の危機”の叫びだ。
逃げる?
いやいや、俺は戦えない。
ステータスも「戦闘力:−」。
ほぼゴミ。
でも──
助けを求める声は、放っておけない。
これは職業病というか、性分というか。
50年も人の相談に乗ってきた人間の悲しい宿命だ。
「……しゃあない。行くか」
俺は草木をかき分け、声の方向へ急いだ。
■ 森の奥、崖の手前
悲鳴の主は──
小さな少女だった。
年齢は10歳前後。
ボロボロのマント。
泣き腫らした目。
右足を押さえて震えている。
そして彼女の前には──
先ほどとは別の、痩せこけた熊型魔獣。
「あー……よりによって熊かよ……」
少女は俺を見るなり叫んだ。
「に、逃げて!!だめっ、来ちゃだめ!!」
いや、その気持ちは分かる。
分かるんだけども。
逃げるにも方向が悪い。背後は崖だ。
逃げたら落ちる。
残っても熊に襲われる。
“二択どっちも死亡”の最悪パターンだ。
■ 発動──《トライ・アナライズ》
深呼吸して、スキルを起動する。
《特殊スキル:トライ・アナライズ》
視界が立体化し、情報が次々と浮かぶ。
- 熊の状態:極度の栄養不足 → 体力低下(攻撃力↓)
- 足の怪我 → 一時的なもの(捻挫)
- 少女の位置:崖まで2m → 一歩で落下の危険
- 地面の状態:湿って滑りやすい
- 近くの木:幹に爪跡 → テリトリー警告が目的?
- 熊の行動パターン:威嚇7割・捕食3割
「お前……本気で食う気はないな。縄張り荒らされたのがムカついてるだけか」
戦わずに済む可能性は十分ある。
■ だが問題は少女の状態
「恐怖でパニック → 踵が崖方向 → 一歩で転落」
おいおい、クソ危ないじゃねぇか。
俺は少女に近づきながら声をかける。
「大丈夫、大丈夫。ほら、こっち向いて。
深呼吸して……ゆっくり、俺の声を聞いて」
これはもう、完全に“生業スキル”の出番だ。
俺は何千人もパニック・不安・混乱の人を相手にしてきた。
少女の震えがほんの少しだけ収まる。
■ 熊の威嚇が強まる
グルルルルル……ッ!!
牙をむき、低く鳴く熊。
一歩踏み込めば少女に届く距離だ。
少女「こ、怖い……死んじゃう……!」
俺「大丈夫。死なないよ。
さっきの魔獣も腹減ってただけだったし」
少女「ええっ!?そ、それで助かったの!?」
俺「そう。だから熊も──腹だ」
熊の鼻先がひくついた。
この近くにも果実がある木が一本。
トライ・アナライズで位置は把握している。
■ 賭けに出る
俺は地面の果実を拾って、熊の横にそっと投げた。
少女「だ、だめ!!刺激しちゃ……!」
俺「大丈夫、刺激はしない。
“選択肢を増やしてる”だけだ」
熊は視線を果実に移す。
ゆっくり、ゆっくり──
そちらに歩き、果実を口にした。
そして森の奥へ去っていった。
■ 救助成功
少女は崩れ落ち、涙をこぼした。
「おじさん……すごい……なんで戦わずに助かったの?」
俺は笑って答えた。
「戦えないからだよ。
戦えないやつは、勝つ方法を考えるしかないからな」
少女はぐすっと鼻をすすりつつ、言った。
「……ありがとう。わたし、ミア。
村から追われて……一人で、どうしていいかわからなくて……」
「追われた?なんで?」
彼女は口をつぐんだ。
そして、トライ・アナライズが微弱に光る。
“嘘はついていない。ただ、言えない理由がある”
……事情が深いな、これは。
「よし、ミア。とりあえず安全な場所探そう。
足の手当ても必要だ」
少女は小さく頷いた。
こうして──
戦えない異世界転生おっさんと、
村から追われた少女の旅が始まった。
賢者の旅路は、まだ始まったばかりだ。


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