森の奥へ足を踏み入れるほど、空気は重く、冷たくなっていった。
陽を遮る木々、枯れた落ち葉、そして――生物の気配がまったくない。
ハルイチの胸がざわつく。
(……これは、本当に“森が死んでいる”……?)
ミアはずっと、晴一の袖を握ったままだ。
彼女の瞳は揺れている。
何かから必死に守ろうとしているかのように。
■ “聞こえるはずのない声”
森の深部に近づいたとき、ミアが足を止めた。
「……ハルイチ……また聞こえる……」
ハルイチはしゃがみ、ミアの視線と高さを合わせた。
「どんな声だ? 無理に話さなくてもいい」
ミアは胸の上に手を当て、ぎゅっと押さえる。
「“痛いよ、助けて”って……
でも、声が……前より近い。すぐそこ……」
ガルドが周囲を警戒しながら剣を構える。
「魔獣の声じゃないんだよな、それ」
ミアは首を横に振る。
「ちがう……もっと、弱い……光が消える前の……命の声……」
ルリエが眉をひそめた。
「……光が消える? ミア、何を見てるの?」
ミアは大きく息を吸い込み、ゆっくり吐き出した。
「“木の子ども”たちの光……小さい魂……それが、吸われてるの……」
その言葉に晴一の背筋が凍る。
トライ・アナライズが反応した。
【解析結果:魂の微弱反応 消失を確認】
・森内部の生命反応が急速に減少
・微弱魂力の“吸引”現象を確認
・発信源:森の中心部へ向けて集中
(……魂まで吸い取られてる……!?)
普通のファンタジーなら“魔物の仕業”で片づく現象だが、
晴一の直感は別の答えを示していた。
──これは自然現象ではない。
──何者かの意図がある。
──“世界に穴を開ける存在”がいる。
■ 亡霊のような影
さらに進むと――
突然、何かが晴一の目の前を横切った。
黒い、細長い影。
人の形にも見えるが……輪郭は霞んでいる。
「……っ!? 何だ今のは!?」
ハルイチは叫ぶ。
しかしガルドも、ルリエも、ミアも気づいていない。
ガルド「ん? どうしたハルイチ?」
ハルイチ「今……誰かが通り抜けた……いや、“影”が……」
ルリエが近づき、ハルイチの肩を軽く触る。
「ハルイチ……あなた、視えてるのね。
普通の人には見えない波長……“異界の残滓”よ」
「異界……?」
ハルイチは息を飲む。
ルリエは指を振り、魔力の粒子を周囲に散らす。
「ここ、多層になってる。“別の層”と重なりかけているのよ。
原因が何かはわからないけれど……
あなたは今、その隙間の“影”を視たの。」
(……俺だけが視える……?)
それは恐怖よりも、“使命”を突きつけられたような感覚だった。
■ 森の中心で、泣いていたのは……
やがて、森の“中心”と思われる場所に着いた。
そしてミアが泣き出す。
「……あ……そこ……!」
ミアが指さした先――
枯れた大樹の根元に、
光の粒が小さく震えていた。
まるで、小さな子どもが膝を抱えて泣いているように。
ハルイチが近づくと、粒がふわっと揺れた。
(これは……魂?)
トライ・アナライズが自動解析を始める。
【解析:森の精霊“幼体”】
状態:半消失
原因:魔力と魂力の強制吸引
残存魂量:8%
危険度:極めて高い
ハルイチ「……ミア、これは……森の子どもか?」
ミアは涙をこぼしながら頷く。
「そう……森の精霊の赤ちゃん……息が弱い……!」
ガルドは拳を握りしめた。
「誰だよ!! こんなひでぇことしやがるのは!!」
ルリエは震える声で呟いた。
「……精霊の幼体まで……吸われてる……
これは魔術じゃない……災害でもない……
“外側からの干渉”よ。」
ハルイチの背筋に、冷たいものが走る。
(外側……?
この世界の“外”……?)
──その瞬間。
ハルイチだけが、
精霊の後ろに“巨大な影”を見る。
幾つもの目を持つ黒い影。
形は曖昧で、空間と同化し、ゆらりと揺れる。
誰にも見えていない。
けれど――
“確かにそこにいる”。
影は、ハルイチに向けて囁いた。
……キコエルノカ……
……メザメタカ……
ハルイチは足がすくみ、喉が締めつけられる。
(……なんだこれ……俺を……知ってる……?)
ミアが精霊を抱きしめようと手を伸ばす。
「……大丈夫……私が……守る……!」
ガルドも剣を構え、ルリエが詠唱を始める。
ハルイチは、影から目を離さず叫んだ。
「みんな!! 気をつけろ!!
“これはまだ終わってない!!”」
影が、笑ったように見えた。
……アア……
……マタアオウ……
そして、風もないのに、森全体が揺れた。
“魔力の穴”が、彼らを飲み込もうとしていた。


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