15話:異界の影──“侵食者”との邂逅

第15話

裂け目の奥で揺らぐ黒い影は、形を定めず、
まるで煙と液体の中間のような質感で、こちらを覗いていた。

それは“目”のように見えた。
しかし、正確には……形容しがたい“存在の穴”だった。

ミアが抱える精霊の幼体が激しく震え、光を失いかける。

「……いやっ……来ないで……!」
ミアは必死に光を守ろうと両腕を広げた。

ガルドが剣を抜き、震える足を踏ん張る。

「う……うわ……何だよあれ……!
身体が言うこときかねえ……!!」

ルリエは蒼白になりながら魔法陣を展開しようとするが、
魔力が空気に吸い取られるように散っていく。

「魔術が……拡散させられてる……っ……!」

ハルイチは皆の背後から影を“観察”した。
その瞬間、トライ・アナライズが暴走しそうな速度で情報を流し込む。


【異界存在:分類不可】

名称:未定(仮称:侵食者)
性質:魂・魔力の吸引
構造:外界残滓
目的:接触対象の“消費”
危険度:S+
警告:あなた以外は視認不可


(……やっぱり俺にしか見えていない……!
これは戦う相手じゃない……“触れただけで消える”タイプだ)

影は形を変えながら、ミアの持つ精霊の光へゆっくりと伸びてくる。

音も、圧も、殺気もない。

だが、その存在自体が“世界の理の外”だった。

ハルイチは、前へ一歩出た。

「ルリエ、ガルド……ミアの近くに寄るな!
“見えてる俺”が前に出る!」

ルリエ「何言って……! あなた、戦えないのよ!?」

ガルド「そうだ! 無茶だろ!!」

ハルイチは静かに言った。

「戦えないからこそ、気づけることがあるんだ」

その言葉に、ガルドもルリエも動きを止める。

ミアだけが、震えた声で呟いた。

「ハルイチ……怖くないの……?」

ハルイチは微笑んだ。

「怖いよ。
でも、俺は“君の力を信じてる”。
そして──俺の《トライ・アナライズ》は、
“理解するためにある能力だ”

ミアはハルイチを見上げ、涙の中に強い決意を宿した。


■ ハルイチ、侵食者と正面から対峙する

影は、音もなく目の前まで迫った。

近くで見ると、それは影でも煙でもなかった。

空間が削れた跡。
世界に空いた“穴の名残”。

その中心に、幾つもの“視線のようなもの”が蠢く。

  ……キコエル……カ……
  ……アナタ……チガウ……
  ……ナゼ……ミエル……?

影が直接、頭の中へ語りかけてきた。

ハルイチは息を飲んだ。

(……会話が……できる……!?)

トライ・アナライズが自動翻訳を試みる。


【侵食者言語:解析中……】

【意味抽出:相手に“興味”を示している】
【仮説:侵食者は意思疎通が可能】
【追加:ただし、理解は“消費の前提”】


影は囁く。

  ……チカラ……チョウダイ……
  ……ヒカリ……オイシイ……

(……ミアの光を……食べようとしてる……!?)

ハルイチの背筋が凍る。

だが同時に、影の“未完成さ”も理解した。

(こいつ……完全な存在じゃない……
この世界への干渉が不完全だ……!)

ハルイチは影に向かい、声に出して言った。

「……聞こえてるんだろ?
君は、この世界の存在じゃない。
でも理由があって、ここへ引き寄せられたんだな?」

影が一瞬止まり、波紋のように揺れる。

  ……ワカ……ル……?
  ……キミ……ナニ……?

トライ・アナライズが晴一の脳裏に情報を送る。


【侵食者:知性反応確認】

【感情:混乱・飢餓・孤独】
【補足:敵対ではなく“本能による行動”】


(……敵じゃない。
でも、このまま放置すれば世界を壊す……
どう止める?)

考えろ。
戦わずに止める方法。
話が通じるなら、“ルール”を作らせればいい。

ハルイチは深く息を吸い込み、影に向けて言葉を投げた。

「ミアの光は“食べ物”じゃない。
これは、この世界の“命”だ。
……もし君が生きたいのなら──
俺が、別の道を探す」

影がわずかに揺れる。

  ……タス……ケル……?
  ……ワタシ……オ……?

ハルイチはうなずいた。

「君を“敵”だとは思わない。
でも、このままじゃ君も、この世界も壊れる。
俺に……“理解させてくれ”。」

影が、近づく。

ハルイチの目の前で、空気が歪むように閃いた。

ルリエが叫ぶ。

「ハルイチ!! 危ない!!」

ガルドも剣を構える。

「やめろーー!!」

ミアも涙を流しながら叫ぶ。

「ハルイチ!! 行っちゃダメ!!」

だがハルイチは静かに言った。

「大丈夫だ。
俺は“分析する”ためにここへ来た。
君たちを守るために、ここにいる。」

影がハルイチの額に触れる。

そして──
ハルイチだけが“別の世界の景色”を見る。

破壊された大地。
音もなく沈む光。
そして孤独に震える影の“芯”。

影は、泣いていた。

  ……サムイ……
  ……クルシイ……
  ……タスケテ……

その声にハルイチはそっと手を伸ばした。

「……わかった。
君も、救われたいんだな」

影の揺れが、ほんの一瞬だけ止まった。

そしてハルイチの手に触れた瞬間──

影の奥で“新たな叫び”が響いた。

  ……アレ……ハ……アナタ……?
  ……ドウシテ……ソンザイ……?

ハルイチの脳裏に、強烈な光景が広がった。

──ハルイチと同じ“立体分析の視界”。
──誰かがこの世界の外側で“侵食者”を作り出している。
──強い悪意と、強い好奇心。

誰かが“見ている”。

ハルイチだけを。

影が震えるように囁いた。

  ……キイ……テ……
  ……ワタシ……タスケテ……

ハルイチは、迷わず言った。

「助ける。
だから──
俺たちを、襲うのはやめてくれ。

影は、静かに形を崩し、
風に溶けるように裂け目の奥へ消えていった。

トライ・アナライズが最後の解析を残す。


【侵食者:撤退を確認】

【精神波:安定化】
【主危険因子:影の背後の“創造者”】
【次の警告:あなたを“観測する存在”がいます】


ハルイチは崩れ落ちないように踏ん張り、
ミアたちの方へ振り向いた。

ミアが泣きながら飛びつき、ハルイチの胸に顔をうずめる。

「ハルイチ……よかった……!
消えちゃうかと思った……!」

ガルドは拳を震わせる。

「バカ野郎!! 心臓止まるかと思ったぞ!!」

ルリエは静かに微笑む。

「……あなた、本当に戦わないのに……
一番危険なところへ行くのね」

ハルイチは、疲れ切った顔で笑った。

「俺は……戦えないからな。
だから──“理解”で立ち向かうしかないんだよ」

森の心臓が、少しだけ光を取り戻した。

だがその影で、
“誰か”の視線がハルイチを見つめていた。

新たな敵が、確かに動き出している。


第16話:「観測者の影──“創造者”からの視線」

第14話:「森の心臓と“外界からの侵食”」

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