洞窟を出た瞬間、
夕暮れの光が、はっきりと“温度”を持って一行を包んだ。
風が吹く。
草が揺れる。
遠くで鳥の声がする。
ガルドが、空を見上げて大きく息を吐いた。
「……はぁ……
生きて戻った、って感じだな……」
ルリエも、目を閉じて深呼吸する。
「五感が……正常に戻っている……
向こう側とは、完全に切断されたわね」
ミアは、地面に膝をつき、そっと土に触れた。
「……あったかい……
ちゃんと……ここに……ある……」
その言葉に、
ハルイチの胸の奥が、わずかに疼いた。
(……感情の反応……
少し……遅い)
だが、
“ない”わけじゃない。
■ 1.残されたもの
ギルドへ戻る道すがら、
誰もが口数少なく歩いていた。
沈黙が重いのではない。
それぞれが、
“整理できていないもの”を抱えているだけだ。
ルリエが、ぽつりと口を開く。
「……ハルイチ」
「観測者……
完全に排除したわけじゃない」
ハルイチは頷いた。
「……ああ。
あいつは……まだ“向こう側”にいる」
「でも……
世界を直接、いじれなくなった」
ルリエは、少しだけ目を見開いた。
「それは……
あなたが……?」
「……俺たちが、だ」
ガルドが、不器用に笑う。
「つまり……
完全勝利じゃねぇけど、
一方的にやられる状況でもなくなった……ってことか?」
「そういうことだ」
ミアが、ハルイチの服の裾を軽く引いた。
「……ハルイチ……
“あの人”……
さびしそうだった……」
ハルイチは、一瞬だけ立ち止まり、空を見る。
「……ああ」
「たぶん……
世界を“見る役目”だけを続けてきた存在だ」
「でも……
“生きる側”の視点を、知らなかった」
■ 2.ギルドマスターの地図
ギルドに戻ると、
マスター・バルドがすでに待っていた。
一行の顔を見て、
すぐに察したように言う。
「……ただの洞窟じゃなかったな」
「ええ」
ルリエが即答する。
「“世界の繋ぎ目”に近い場所でした」
バルドは、無言で地図を広げた。
そこには、
いくつかの地点に、同じ印が打たれている。
「……最近な。
似た報告が、他にも出てきている」
「森。
洞窟。
湖。
廃都……」
ガルドが目を丸くする。
「おい……
こんなに……?」
バルドは、重く頷いた。
「全部……
“世界の歪み”が現れ始めている場所だ」
視線が、
自然とハルイチに向く。
「晴一」
「お前は……
“見える”んだろ?」
ハルイチは、正直に答えた。
「……見える、というより……
“分かってしまう”」
バルドは、短く笑った。
「厄介だな」
「だが……
今の世界には……
必要な厄介さだ」
■ 3.選ばれたのではなく
ギルドを出たあと、
一行は街外れの丘に立っていた。
夕日が、
街と道を赤く染めている。
ミアが、そっと尋ねる。
「……ハルイチ……
あなた……
“選ばれた人”なの……?」
ハルイチは、少し考えてから答えた。
「……違う」
「俺は……
“たまたま、気づいてしまっただけ”だ」
「そして……
気づいた以上、
目を逸らせなかった」
ルリエが、静かに言う。
「それを……
“選ばれた”と呼ぶ人もいるわ」
ガルドが、肩をすくめる。
「でもよ、
ひとりでやる気はねぇだろ?」
ハルイチは、仲間を見る。
剣を背負うガルド。
静かに立つルリエ。
不安そうに、でも確かに前を向くミア。
「……ああ」
「ひとりじゃ……
意味がない」
■ 4.次の道へ
トライ・アナライズが、
久しぶりに“穏やかな表示”を出した。
【観測結果:安定】
【世界干渉:低下】
【未解決項目:複数】
【推奨:移動・調査継続】
(……まだ……終わらない)
(……でも……
ちゃんと“道”にはなっている)
ハルイチは、夕焼けの向こうを見据えた。
「……行こう」
「次は……
“歪みが重なっている場所”だ」
ミアが、静かに頷く。
「……一緒……だよね……?」
ガルドが、笑って拳を突き出す。
「当たり前だろ!」
ルリエも、小さく微笑んだ。
「ここまで来て、
今さら離れる理由がないわ」
ハルイチは、胸の奥で、
少し遅れてやってくる“温度”を感じた。
(……これでいい)
(……完全じゃなくていい)
(……理解しながら、
一緒に進めばいい)
夕日の中、
四人の影が、
一本の道に重なって伸びていく。
次回より第5章「人が世界を支える理由」へ突入!
第25話:「揺れる街―― 見えない歪みの正体」(R8.2.28更新予定)
第23話:「出口のない出口──観測者との再接続」

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