第5章「人が世界を支える理由」
バルドの地図が示した場所は、
森でも、洞窟でもなかった。
人の暮らす、街だった。
石畳の大通り。
整った屋根並み。
行き交う人々は皆、穏やかに微笑んでいる。
ガルドが、屋台の串焼きを頬張りながら言った。
「いい街じゃねぇか。
飯はうまいし、人は親切だしよ」
ルリエは周囲を見回し、眉をひそめる。
「……静かすぎるわ」
「静かなのは、いいことだろ?」
「子供の声がしない。
喧嘩の声も、笑い声も……
音はあるのに、“生活の音”がない」
ミアが、ハルイチの袖を小さく引いた。
「……ねぇ、ハルイチ……
この街の人……“色”が薄い……」
「色?」
「うん……みんな笑ってるのに……
胸の光が、眠ってるみたい……」
ハルイチは、静かに目を細めた。
【特殊スキル:トライ・アナライズ発動】
視界が立体化する。
街の構造。人の流れ。魔力の循環。
……どこにも、異常はない。
【街の治安:良好】
【魔力循環:正常範囲】
【歪み反応:検出されず】
「……検出、されず……?」
(おかしい)
(バルドの地図は、確かにこの街を示していた)
(歪みが“重なっている”場所だと)
なのに、解析は何も捉えない。
いや──
“何もなさすぎる”。
その時だった。
通りの向こうで、小さな影が転んだ。
5歳ほどの男の子だ。
膝を擦りむいて、べそをかいている。
……だが、泣き声が、上がらない。
周囲の大人たちが、一斉に振り向いた。
心配そうに、ではない。
“困ったものを見る目”で。
一人の女性が、優しく、静かに言った。
「泣かないの。
泣くのは、みんなの心を揺らすでしょう?」
男の子は、ぐっと唇を噛み、
涙を、飲み込んだ。
そして──
にっこりと、笑った。
周囲に、静かな安堵が広がる。
ガルドが、串を止めた。
「……おい、今の……」
ルリエの声が、珍しく震えた。
「この街……
“揺れること”を、やめてしまったのね……」
ミアが、両手で胸を押さえた。
「……苦しい……
みんなの光……“揺れちゃダメ”って……
ずっと、押さえつけられてる……」
ハルイチは、改めて街を見渡した。
喧嘩がない。
涙がない。
怒りがない。
失敗も、騒ぎも、無駄もない。
完璧に、穏やかな街。
(……ああ、そういうことか)
(この街の歪みは、外から来たんじゃない)
(“中”からだ)
(人が、人を思う心そのものが──)
トライ・アナライズが、遅れて、
ひどく静かに、一行を表示した。
【歪みの正体:未検出】
【理由:歪みは“異常”として定義されていません】
【この街では――】
【揺れないことが、“正しさ”になっています】
ハルイチの背筋を、
冷たいものが走った。
(……観測者のやり口と、同じだ)
(でも、これは観測者の仕業じゃない)
(人が、自ら選んだ“正しさ”が――)
(この街を、静かに、殺している)
遠くで、夕刻を告げる鐘が鳴った。
澄んだ、美しい音だった。
だが、その音は──
どこまで行っても、
少しも、揺れなかった。

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