ギルドの朝は、いつもより騒がしかった。
冒険者たちの声、装備の金属音、
依頼掲示板の前で交わされるざわめき。
だが、その中心に立つハルイチの胸の内は、
不思議なほど静まっていた。
世界の“外側”を知ってしまった。
観測者の存在を、はっきりと意識してしまった。
もう、
「巻き込まれた一般人」ではいられない。
■ 1.ギルドマスターの判断
ギルド奥の応接室。
重厚な木製の机の向こうに、ギルドマスター・バルドが座っていた。
白髪混じりの髭を撫でながら、低い声で言う。
「……光が、消える洞窟、か」
机の上には地図。
赤い印が、南部の山岳地帯に刻まれている。
「松明の火が消える。
魔法灯が暗転する。
だが“闇”ではない……光だけが抜け落ちる」
ルリエが静かに補足する。
「魔力吸収とも違います。
残留魔力が“持ち去られている”」
バルドは一度、深く息を吐いた。
「……普通の依頼じゃないな」
視線がハルイチに向く。
「ハルイチ。
森の件も含めて、これはお前たちに任せたい」
ガルドが目を見開く。
「マジか!? 俺たち、まだ駆け出しだぞ?」
バルドは苦笑した。
「だからだ。
“分かってしまう奴”がいるパーティじゃないと、
これは無理だ」
ハルイチは、短く頷いた。
「……行きます」
即答だった。
■ 2.ミアの違和感
ギルドを出ると、
ミアが小さく胸を押さえた。
「……ハルイチ……」
「どうした?」
「……洞窟の方……
なんだか……“空っぽ”なの……」
ルリエが反応する。
「空っぽ?」
ミアは言葉を探すように、ゆっくり続けた。
「森のときは……
痛い、とか、悲しい、とか……あった」
「でも……あっちは……
なにも……いないみたいで……」
ハルイチの胸に、冷たい感覚が走る。
(……生命が吸われた“後”か)
ガルドが冗談めかして笑う。
「逆に言えば、静かってことだろ?
なら、やりやすいじゃねぇか!」
だがルリエは、首を横に振った。
「静かすぎる場所は……
だいたい、危険よ」
■ 3.洞窟の入口
半日後。
山肌に穿たれた、黒い洞口が姿を現した。
風は吹いている。
音もある。
だが――
光だけが、洞窟の中へ届いていない。
ガルドが松明を掲げ、一歩踏み出す。
次の瞬間、
火が、音もなく“消えた”。
「……は?」
ルリエの魔法灯も、同じように暗転する。
闇ではない。
確かに視界はある。
だが――
光源が存在できない。
ハルイチの視界に、トライ・アナライズが浮かぶ。
【解析対象:洞窟内空間】
【異常:光情報の欠損】
【仮説:観測・記録・保持が不可能な構造】
(……なるほど)
ハルイチは、はっきり理解した。
ここは、
「観測されること」を拒む場所。
そして同時に、
“観測者の領域”に最も近い場所。
ミアが、ハルイチの服をそっと掴む。
「……ここ……
あの“声”が……近い……」
ハルイチは、一歩前へ出た。
「行こう」
振り返り、仲間を見る。
「ここから先は、
たぶん……今までと“ルール”が違う」
ガルドが剣を構える。
「上等だ」
ルリエが静かに頷く。
「迷宮、というわけね」
ミアは、小さく深呼吸した。
「……一緒なら……大丈夫……」
洞窟の奥から、
誰かが“こちらを見ている”気配がした。
だが、声はない。
まだ――
観測は、始まったばかりだ。
第19話:「反響する声──精神干渉の迷路」(R8.1.17更新)

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