次の層へと移行した瞬間、
空気が変わった。
いや、正確には――
空気が「整理」された。
湿度も、匂いも、温度もない。
洞窟特有の閉塞感すら感じられない。
「……無音だな」
ガルドの声が、やけにくっきりと響いた。
ルリエは周囲を見回し、眉をひそめる。
「ここ……
さっきまでの迷宮とは“思想”が違う」
ミアは小さく息を吸い、首を横に振った。
「……ここ……
怖くない……」
「でも……
“あたたかくもない”……」
ハルイチは、その言葉に引っかかった。
(恐怖がない。
安心もない)
(……感情が、排除されている)
■ 1.中央に浮かぶ“眼”
空間の中心に、それはあった。
球体。
いや、“球のように見えるもの”。
表面は透明で、
内部には、幾重にも重なった光の層が浮かんでいる。
まるで――
世界を映すレンズ。
ルリエが、息を呑む。
「……これは……
記録装置……?」
ハルイチの視界に、《トライ・アナライズ》が重なった。
【解析対象:高次情報結節体】
【分類:観測記録の集積】
【状態:部分稼働】
【備考:人格反応なし】
(……“本人”じゃない)
(……これは……欠片だ)
ガルドが、思わず一歩前に出る。
「おい……
これ……触って大丈夫なのか?」
その瞬間。
球体の内部で、
“視線”が合った。
ハルイチと、確かに。
■ 2.流れ込む“観測の記憶”
世界が、反転した。
次の瞬間、
ハルイチの意識は、
“誰かの視界”に引きずり込まれていた。
広大な世界。
幾つもの土地。
幾つもの文明。
それらを、
上から、ただ静かに見下ろす視点。
感情はない。
善悪もない。
ただ――
「変数」として、世界を捉えている。
……フアンテイ……
……カクニン……
都市が崩れる光景。
戦争。
飢餓。
疫病。
そして、
“過剰な感情”が生む連鎖反応。
……ヒカリ……
……バラツキ……
……セイギョ……ヒツヨウ……
(……これが……
観測者の“前提”……)
ハルイチは、歯を食いしばった。
(世界を……
“誤差”として見ている……)
■ 3.創造者の輪郭
映像が変わる。
“世界の外側”。
光も闇もない空間に、
複数の“視点”が浮かんでいる。
個ではない。
だが、集合体でもない。
意識の集合。
……シュウセイ……
……モクテキ……
……ゾンザイ……ケイゾク……
(……創造者……)
(いや……
“創造者たち”か……?)
次の瞬間、
一つの視点が、ハルイチを捉えた。
……コノ……コ……
……キョウメイ……
……リカイ……カノウ……
(……俺を……
“翻訳装置”として……)
胸の奥が、冷たくなる。
(……選ばれた、んじゃない)
(……使われようとしている)
■ 4.現実への帰還
「ハルイチ!!」
ミアの声が、現実へ引き戻す。
目を開くと、
ミアが必死に腕を掴んでいた。
「……戻って……!
ひっぱられてた……!」
ルリエが、鋭く言う。
「見たわね。
“観測者の視点”を」
ガルドが唾を飲み込む。
「……あれが……
敵、なのか……?」
ハルイチは、ゆっくり首を振った。
「……違う」
「でも……
味方でもない」
球体が、静かにひび割れ始める。
観測者の声が、残響のように響いた。
……キミ……
……ワカッタ……
……ダカラ……
……ツギ……ヘ……
床が再び沈み、
次の層への通路が開く。
ルリエが、低く呟いた。
「……核心に近づいている」
ミアが、不安そうに言う。
「……ハルイチ……
行って……大丈夫……?」
ハルイチは、静かに答えた。
「行くしかない」
「……ここで引き返したら、
“何も分からないまま”になる」
拳を握る。
(……観測者……)
(次は……
問いを投げ返す)
一行は、
さらに深部へと足を踏み出した。
第22話:「崩壊する迷宮──選択の時」(R8.2.7更新)
-120x68.png)

コメント